吉原ソープ

東京吉原といえば、誰しもが知るソープ街であり、そこには格安店から高級店まで数多くのソープランドが営業しています。
吉原全体の店の数も多いので高級店の数も多く、高級店という価格帯でも競争が起こるため、非常に質の良いサービスを行う高級店が多くなっています。
今回行ったラビアンローズは、吉原の高級店の中でも比較的評判が良く、人気店と言っても問題無いレベルの店です。

ラビアンローズは、120分入浴料25,000円、総額約60,000円となっていて、割引などで5,000円程度安くなります。
この店が人気の理由として、予約が取りづらいということがあります。
初回利用の客は、前日朝10時からの予約が可能ですが、週末などには会員の予約でほぼ埋まってしまうため、遊ぶのは難しいです。
週末に遊びたければ、フリーのキャンセル待ちなどを狙うか、あらかじめ一度遊んでおくと良いでしょう。

店の外見は、玄関のある正面は光沢のある石材で覆われて高級感が出ていますが、駐車場のある横側から見ると、配管がむき出しになった壁がかなり老朽化しているのがわかります。
内装もややレトロ感があるので、好き嫌いが分かれるかもしれません。
建物自体は大きく、待合室などは広くソファーがいくつもあって、7~8人が待てる広さがあります。
ソファーで説明や料金支払いをして、飲み物を飲みながら待っていると数分で呼ばれて、コンパニオンの女性と対面です。

コンパニオンの女性は、写真とほぼ同じで多少年齢を感じさせる部分はありますが、プロフィール年齢+5歳あるかないかといったところ。
若すぎるよりもある程度年齢がある方がサービスに期待出来るので、十分許容範囲です。
階段の踊り場で待っていた女性と手を繋いで部屋へ。
部屋自体は吉原にしてはかなり広く、しっかりと高級店に来ていると実感させてくれるような内装です。
高級店特有の三つ指挨拶の後、まずはベッドに腰掛けて会話をしつつアシスト付脱衣→リップ→フェラからのNS一回戦、軽く休憩も兼ねてお喋りをした後にお風呂へ。
お風呂でお湯に浸かっている間、女性はマットの準備をしていたため、混浴はなしでマットへ。
マットは特別巧いわけでも下手なわけでもなく普通でしたが、全身リップをしっかりとやってくれてたのは好印象です。
ベッドへ戻ってもう一回戦したところで時間になったので、名刺をもらって退室。

上がり部屋は待合室と同じ部屋で、ここでは完全顔出しのコンパニオン女性のアルバムが見れます。
ただ上がりの人とこれからの人が被ってしまうため、座席は大抵埋まっているようです。
しかし決して狭くて混雑しているというわけでもないですから、人気店であるが故、しょうがないというものなのでしょう。
高級店らしい高級店という店で、値段分以上の価値はある店だと感じます。

吉原のソープランドの歴史は江戸時代から受け継がれてきました。
1617年、江戸幕府公認、「遊廓」として誕生したのがきっかけと言われています。
元々は日本橋を吉原と呼んでいたそうですが、次第に周囲の市街化が進むと、遊廓を浅草へと移し、「新吉原」(通称:吉原)となったようです。
遊廓の周囲には9m程の堀があり、遊女と呼ばれたいわゆる売春婦が、自由な外出もできずに入れられていました。
遊女には花魁(おいらん)、かむろといった身分差別もありました。
街のお店にも、格式高い大店から路地裏の小店と、店の序列もされていたようです。
当時の一流の遊女は、茶道や和歌といった教養を身につけており、気品もあったため、初めてのお客とは一緒に寝ることはなく、2~3度目でようやく枕を交わせるようになったとされています。
遊女や吉原遊廓は浮世絵や和歌などの題材にもされた社会現象の一つでもありました。
明治時代になってもこの風潮は変わらずあり、好みの女性を写真で選ぶようになったことから、現在の風俗の先駆けになったとも言えます。
1958年、売春防止法の施行によって吉原の街は次第に活気がなくなり、遊廓は、連れ込み旅館やトルコ風呂、(個室で2人きりになり、性的なサービスをする風俗)やがてソープランドに転業していきました。
のちに、風俗営業等の規制の法律が定められたことにより、営業は認められなくなりました。
しかし、吉原の歴史的実情が考慮され「特例地域」として営業ができるようになったのです。
これには条件があり、新たにソープランドとして建設し、営業することは認められませんが、現行の建物を改装するなどして使用する場合に限り、ソープランドとして経営ができるようになりました。
現在、吉原のソープランドは日本一と呼ばれるようになりましたが、その背景にはこういった古くからの歴史が密接に関係していたのです。